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飴の起源について

 飴の起源は大変古く神武天皇の頃といわれています江戸時代の初期、初代山屋長兵衛が越中(富山県)で飴づくりをはじめました。  

あめは「越中売薬」とともに栄えましたが食事の代用や栄養補給・保存食品としても大切につかわれました。

室町時代の後期、ポルトガル人が、日本に白砂糖を伝えて、現在のような、キャンデーといわれる飴が発展しました。昔からある麦芽糖という素朴な味の水飴と、砂糖を煮詰めて製造する飴があります。京都の飴はこの二つの技法を用いつつ、美しいカラフルなものになりました。

飴の文化は上方で発展し、江戸に広まっていきます。

当初は、摂津平野とか山城の伏見が有名でした。

平野と言うのは、文字通り今の大阪市平野区の辺りで、中世は平野荘と呼ばれて、二重の環濠を巡らせた自治都市でした。

産業としては醸造業が佐官で、醍醐の花見には平野の酒が献上された記録があります。

しかし、関ヶ原や大坂の陣では平野は徳川家康に協力して、その所為か、以後は幕府代官が管理しました。 その地に、豊臣方が滅びた後流れてきたのが、大坂浪人の子で陣九郎重政と言う人物。 彼は平野村で飴を作っていたのですが、この町に住みづらくなったのか、江戸に流れていき、浅草寺境内で飴を売る様になったのが江戸の飴の始まりとも云われています。